リチャード・モントゴメリー

リチャード・モントゴメリー(英:Richard Montgomery、1736年12月2日 - 1775年12月31日)は、アイルランド系アメリカ人で、アメリカ独立戦争の大陸軍将軍である。

モントゴメリーは、アイルランドのダブリン州ソーヅで、イギリス議会代議員であったトマス・モントゴメリーとメアリー・フランクリン・モントゴメリー夫妻の息子として生まれた。

モントゴメリーは、イギリス軍に入って七年戦争に従軍し、カナダとカリブ海で戦った。1762年5月には大尉に昇進し、1763年の終戦とともにモントゴメリーの所属する連隊はニューヨークに帰還し、2年後連隊の移動に従ってイギリスに帰国した。

モントゴメリーは、アメリカ植民地で政治的自由を要求している植民地人を支持するイギリス議会のホイッグ党議員と親交があった。

1772年4月6日、モントゴメリーは士官の位を売ってニューヨークに戻ることに決めた。モントゴメリーは現在のニューヨーク市ブロンクス区にあるキングスブリッジに67エーカー(27万平方メートル)の農園を購入した。

1773年7月24日、モントゴメリーはロバート・リビングストンの妹ジャネット・リビングストンと結婚した。ロバート・リビングストンは、後にアメリカ独立宣言を起草した委員会のメンバーを務めることになる、ニョーヨークでも著名な人物であった。モントゴメリーは、妻の農園があるラインベックに移動した。1775年、モントゴメリーはニューヨークでの在住期間が3年に過ぎなかったが、ニューヨーク植民地議会の代議員に選ばれた。

モントゴメリーはアメリカ独立戦争が始まると、大陸軍の2番目の階級である准将に任命され、カナダ侵攻作戦を率いることになった。緒戦は順調に進み2つの砦とモントリオールを占領した。しかし、1775年12月31日、吹雪の中で行われたケベックの戦いの最中に敵の銃弾を受けて戦死した。イギリス軍はモントゴメリーの遺体を認め、栄誉にふさわしい埋葬式を執り行った。1818年、モントゴメリーの遺体はニューヨークに移され、セントポール礼拝堂に埋葬された。

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